大学発企業の軌跡とこれから(仮)

株式会社PACkage

「人が輝ける場所」を大阪から。学生起業で始まったPACkageの挑戦

ゲームの熱量を、街と人の可能性へ

書面インタビュー / 山口 勇 様
株式会社PACkage代表取締役CEO 山口 勇様。提供:株式会社PACkage

ゲームの熱量を、街と人の可能性へ

大阪を拠点に、eスポーツの大会や体験型イベントを企画・運営する株式会社PACkage。配信、タレント支援、教育、デザイン、機材までを一つのチームで担い、プレイヤー、観客、クリエイターの誰もが輝ける場をつくっています。

代表取締役CEOの山口 勇様は、大阪電気通信大学在学中にサークル「PAC(Play And Create)」を母体として2018年に創業しました。正式な大学発ベンチャー認定を受けた企業ではありませんが、大学での学びや仲間との出会いが、事業の出発点になりました。今回は、ゲームとの出会いから学生起業、大阪府主催イベントでの取り組み、これから描く地域の未来まで伺いました。

今回ご回答いただいた方

株式会社PACkage代表取締役CEO 山口 勇様。提供:株式会社PACkage

株式会社PACkage

山口 勇 様

株式会社PACkage 代表取締役CEO。大阪電気通信大学でゲーム開発や映像・番組制作を学ぶ。在学中の2018年に、学内サークル「PAC」を母体として同社を設立。eスポーツの競技経験とイベント運営の経験を生かし、大阪を拠点に事業を広げてきた。

現在の事業と「人が輝ける場所」

まず、PACkageはどんな会社ですか。

「ゲームの大会やイベントを、企画から当日の運営・配信まで丸ごとつくる会社」です。eスポーツになじみのない方には、そうお伝えしています。2018年に大阪で創業しました。

どんな相談が寄せられるのでしょう。

ご相談の内容は結構幅広いんですよ。大阪府や大阪市などの自治体なら、地域振興や世代間交流、健康・福祉、デジタル活用。イオンモールやスパワールドのような施設なら、週末に家族連れや若い方に来てもらうきっかけづくりですね。

学校や大学では、授業や部活動、学園祭、大会、オープンキャンパスにも関わっています。企業や展示会の主催者さんからは、ステージ企画や採用広報、社内交流、協賛出展のご相談もあります。同じゲームを使うにしても、何のために開くのかはお客様ごとに違うんです。

2025年度はグループ全体で年間400件を超えるイベントに関わりました。売上は自社主催が約3割、受託が約5割、オンライン配信などが約2割です。

配信や教育も、そこからつながっているんですね。

そうなんです。一つのイベントに必要な機能を、自分たちの中に持っているという感覚ですね。企画・運営を軸に、目的を決めて、ゲームタイトルを選び、権利の許諾を取り、会場や当日の進行を組み立てます。

会場の熱量を外へ届ける配信には専門の部署があって、企業の会社説明会や大学のシンポジウムなど、ゲーム以外の仕事も受けています。MCや実況、アンバサダーとして立つ人も、タレントやチーム、インフルエンサーの支援を通じて育てています。

高校や専門学校で授業をして、そこで出会った学生がインターンに来て、業務委託を経て運営スタッフになることもあります。キービジュアルや大会サイト、アフタームービーをつくるデザイン・Web制作もあれば、PCや配信機材の調達・設置、常設スタジオづくりまで手がけています。

私たちの中では、人も、配信や制作も、機材や会場も、学びの場もつながっています。必要なものを一つずつ外に頼むだけではなく、同じチームで動ける。それが今の事業の形になっています。

「人が輝ける場所」とは、どんな場でしょう。

プレイヤーにとっては、実力がきちんと結果に出る場ですね。ルールが公平で、遅延やトラブルがなく、ジャッジにも納得できる。負けたとしても「またこの大会に出たい」と思ってもらえたら理想です。

観客には、そのゲームを知らなくても楽しんでほしいんです。実況や演出、会場の案内で見方が分かって、見ていた人が「自分もやってみたい」と体験する側に移っていく。観る側とやる側の距離が近いのは、eスポーツのいいところだと思っています。

クリエイターには、つくったものが人に届いて、次の仕事や仲間につながる場を用意したい。学生や若手が、本番で経験を積めることも大事です。

この三者はつながっているんですよね。いい大会にはプレイヤーが集まり、魅力的なプレイヤーには観客が集まる。そこにクリエイターやスポンサーが加わって、またいい大会ができる。PACkageは、その間をつなぐ存在でありたいです。

手応えは、どこで感じますか。

来場者数や視聴数も見ますが、「楽しかったか」「また来たいか」は特に大事にしています。2026年6月にスパワールドで開いた「PCゲームクリエイト&eスポーツ祭」は、延べ480名で目標の120%、満足度は4.55、「また参加したい」は92.8%でした。

初めて来た人がどれくらいいて、その人が次も来てくれるかも見ています。いつものファンだけで盛り上がっていても、長くは続きませんから。ある大学イベントでは当日キャンセルが約16%あって、それを機に参加費の事前決済とキャンセル待ち、前日のリマインドを組み合わせました。

出演者やスタッフ、協力企業にも「次もやりたい」と思ってほしいですね。運営する側が疲れ切ってしまう設計では、成功とは言えないと思っています。

社会にどんな価値があったかも、数字で伝えるようにしています。大阪府主催の「Osaka GeN Scramble」では、満足度98%に加えて、SROIという社会的投資収益率を算出しました。約3,943万円の社会的資源から約4,810万円の価値が生まれたという結果で、SROIは1.22でした。

一つのイベントをつくる流れも聞かせてください。

最初は「誰に、何を持ち帰ってほしいですか」というところからです。「eスポーツをやりたい」というご相談でも、そこを一緒に言葉にして、何をもって成功とするかを決めます。

そのうえでゲームタイトルを選びます。対象年齢やレーティング、操作の分かりやすさ、観て面白いか、権利の面で開催できるかまで見て、競技形式や当日の時間割、会場の配置を考えます。

会場では電源容量や回線、音響・照明、配信卓、機材が止まったときの予備まで準備します。MCや実況・解説、運営スタッフは自社のタレントと外部のプロを組み合わせますし、告知に向けてキービジュアル、大会サイト、映像演出などもつくります。集客はSNSだけに頼らず、学校や団体、施設からの案内も組み合わせています。

こうした準備から本番まで、企画や進行、権利処理、配信全体の統括は社員が担います。カメラや音響、照明、当日の運営には、長く一緒に現場に入っているプロの業務委託チームがいます。大きな案件なら、地元のレンタル会社や施設の技術スタッフとも組みますね。

学生にも役割を持ってもらいますが、必ずプロが指導する体制にしています。お客様には会場の調整や、組織内への告知、参加者名簿の管理をお願いすることが多いです。

規模に応じて前日や前々日にリハーサルをして、本番を迎えます。終わったらKPT形式で、続けたいこと、課題、次に試すことを振り返り、数字と写真を添えて報告します。開催できたら終わりではなく、次にどうつなげるかまでが仕事ですね。

中でも、権利の手続きは難しそうです。

はい。ここは専門性が必要なところで、ゲームごとに大会のガイドラインが違います。私たちが申請やライセンス取得を代行しています。

例えば、学校法人佐藤学園が主催した「中高生eスポーツ チャレンジカップ 2026」では、2026年8月19日にFortnite部門をオンラインで設計・運営しました。Epic Gamesの「Event License」を正式に取得し、コミュニティ大会の事前申請も私たちが担当しました。

先生方にとって、こうした許諾の手続きが一番のハードルになることもあります。そこも含めて相談してもらえることに、私たちの価値があると思っています。

ゲームとの出会いと学生起業

ゲームが仕事になるまで、どんな道のりでしたか。

父がパソコンの修理業をしていたので、物心ついた頃から家にPCがありました。一番古い記憶がPCゲームなんです。

特に大きかったのは、小学2年生で出会った『METAL GEAR SOLID 3』のオンライン対戦でした。同じマップでも、相手が生身の人間だと、何度やっても知らない展開が起きる。「人と人が向き合うから面白い」という感覚は、そこからずっとありますね。

その後はレインボーシックス シージで、プロ選手やマネージャーとして活動しました。日本1位、世界ベスト4になった「野良連合」の発足にも関わっています。プレイヤーが何に熱くなって、どんな運営だと気持ちが冷めてしまうのか。それを自分で経験していることは、今も大きいです。

一方で大学では、自作ゲームを展示する「PAC(Play And Create)」というサークルを立ち上げました。もともとはゲームクリエイターになりたかったんですが、すごく腕のいいプログラマーの先輩に出会って。「自分は、ゲームをつくるより場をつくる方で力を出せるんじゃないか」と考えるようになったんです。

自分としては挫折というより、どこなら勝負できるかを考えた方向転換でしたね。サークルで誰かのために場をつくると、そこにコミュニティが生まれる。それがうれしくて、そのまま起業につながっていきました。

なぜ、大阪だったのでしょう。

当時の関西には、本気で戦える場所も、観客が熱くなれる場所も、クリエイターが作品を見せる場所も、東京に比べて少なかったんです。

プレイヤーとしても、場をつくる側としても、その足りなさを感じていました。「無いなら自分たちで創る」。それが最初の企画であり、会社を始めた理由です。東京に行けば仕事があることは分かっていましたが、地元にこそ必要だと思っていました。

サークルから会社にした、決め手は?

スポンサーを集めて大会を開こうとしたら、ゲーム会社から「会社にしないとできない」と言われたんです。正直、最初から仕事にしようというより、イベントをするために必要だからつくった、というのが本音です。

当時は、まだ学生ですよね。

はい。2018年2月6日、大学在学中の20歳で設立しました。メンバーの平均年齢も20歳です。大学のサークル「PAC」がそのまま母体になりました。自作ゲームを展示する活動を通じて、企画が好きな人、絵が描ける人、機材を触れる人が自然に集まっていたんです。

企業や施設から仕事を受けるには、見積書や契約書、請求書が必要ですし、事故があったときに責任を負う主体も必要です。任意団体のままだと、企画が良くても発注していただけないんですよね。

目指していたのは、「大阪発で、業界を盛り上げる会社にする」ということでした。

開業資金は、どうしたんですか。

30万円を、マクドナルドのアルバイトで用意しました。28日間、連続で働いて。

28日間、連続で?

朝6時から9時まで働いて、大学の授業に出て、夜また店に戻る、という生活でしたね。才能ではなく行動量の話で、今も社内でよく話しています。

社名には、どんな思いを込めましたか。

サークル名の「Play And Create」がもとになっています。同時にP・A・Cは、Players、Audience、Creatorsの頭文字でもあるんです。プレイヤー、観客、クリエイターが集まって、お互いの力を引き出し合う。その状態を一つの「パッケージ」として届けたい、という思いを込めました。

実はその前に「PAP」というゲームクランもやっていて、そちらの名前はPS4のCMソングからもらいました。名前にも、ゲームを楽しんできたところからのつながりがありますね。

会社を始めて、一番難しかったことは?

信用です。

率直に言って、資金や時間よりも、そこが一番難しかったですね。20歳の学生が企画を持っていくと、「学生さんだから」と見られて、相見積もりの土俵にすら乗れないこともありました。

だから、まずは当たり前のことをそろえました。見積書や契約書、請求書の書式を整えて、保険に入り、安全管理のマニュアルを用意する。終わったら、数字と写真の入った報告書を必ず出す。一つの会社として安心して発注してもらえるように、積み上げていきました。

権利の許諾も、最初は手探りでした。大会を開いていいのか、配信していいのか、参加費を取っていいのかは、ゲームごとに違うんです。軽く考えると開催そのものができなくなるので、ガイドラインを読み込んできました。それが今の申請代行の仕事にもつながっています。

価格も悩みましたね。「やらせてもらえるだけありがたい」と安く受けすぎて、このままでは続けられない、という時期もありました。

大阪で続ける意思は、揺らぎませんでしたか。

資金調達で、東京のベンチャーキャピタルから「大学を辞めて東京に来るなら出資する」と言われたことがあったんです。父との約束もあったので、大阪で起業したいと伝えたら、「大阪では、駄目だ」と返されました。

悔しかったですが、あの一言で腹が決まりました。

相手の条件を受け入れて信用してもらうより、実績をつくって「大阪でもできる」と示そう、と。イベントは当日一度きりですし、失敗しても「学生だから」とは言えません。一度事故があれば、次の依頼もなくなります。現場を重ねる中で、自由には責任が伴うし、うまくいかないときは自分に原因を置いて考えようと思うようになりました。「自由と責任はセット」「原因自分論」は、今の会社のクレドにもなっています。

大学での学びを現場と人材育成へ

大学での経験は、今の仕事にどう生きていますか。

かなり直結していますね。大阪電気通信大学では、ゲーム開発と映画・番組制作を学びました。カメラや音声、映像の切り替え、進行台本といった番組づくりの基礎を、実習で経験できたのは大きかったです。eスポーツの配信も、やっていることはスポーツ中継の番組制作なんですよ。自社でそこまでできることが、今の収益と品質の柱になっています。

ゲームをつくる側の苦労を知れたことも、権利者やメーカーの方と話すときに生きています。ゲームには、それをつくった人がいる。その人の作品を使わせてもらっているという感覚は、自分でも開発を経験したから持てたのだと思います。

大学のesports projectやサークルでは、機材や場所を借りて、人を集めて、実際にイベントを開くところまでやらせてもらえました。学生のうちに「失敗できる本番」を何度も経験できたことが、決定的でしたね。一緒に動いた仲間が創業メンバーになり、今も業界でのつながりになっています。

先ほどのプログラマーの先輩との出会いもそうですが、自分の強みを客観的に見て、どこで力を出すかを考えるようになりました。今、どの事業に取り組むかを決めるときにも、その経験が残っています。

私たちは正式な「大学発ベンチャー」の認定を受けている企業ではありません。ただ、教授たちの支援や、大学での学び、設備、人とのつながりがなかったら、この会社は始まっていなかったと思います。

そのつながりは、今も続いているんですね。

一緒に取り組んだ実績が積み重なって、公共・教育分野の仕事を受けられるようになりました。行政や学校は、実績も運営体制もよく見ています。公共の場で安全にイベントを任せられる会社として、評価していただけるようになったのは大きいですね。

私自身、一般社団法人大阪府eスポーツ連合の理事を務めていて、大阪eスポーツラウンドテーブル、通称OeGGにも参加しています。近畿経済産業局の「関西企業フロントラインNEXT」にも掲載していただきました。

取り組みもいろいろ広がっています。万博アフターイベントの「Osaka GeN Scramble」は産学官での大規模な実施でしたし、立命館大学OICの「OIC e-Sports Club」は、キャンパスを地域に開く継続企画で、2026年7月にvol.3を開催しました。

2026年8月にはLINEヤフー大阪で開かれた第3回「生成AI甲子園」の運営事務局も務めました。共催はLINEヤフー株式会社で、大会運営の経験を別の分野にも生かせた例です。2025年度には大阪市福祉局の高齢者eスポーツ講師派遣事業にも、事業者として関わっています。

「Osaka GeN Scramble」では、阪南大学と大阪電気通信大学の学生に運営に入ってもらいました。数万人規模のイベントを内側から経験できる機会は、なかなかありません。私たちにとっても、これから一緒に働くかもしれない人と出会える場です。講義からインターン、業務委託を経てスタッフになる流れもできています。

立命館大学 大阪いばらきキャンパス(OIC)での「OIC e-Sports Club Vol.3」会場設営。提供:株式会社PACkage
「OIC e-Sports Club Vol.3」開場前の会場設営。立命館大学 大阪いばらきキャンパス(OIC)。提供:株式会社PACkage

大学との連携から、学んだことはありますか。

企画に「検証」の視点が入ったことですね。何人来たかだけでなく、参加した人にどんな変化があったのかを見る。これは大学との連携から学びました。「Osaka GeN Scramble」でSROIを算出したのも、その延長です。

反対に、企業から学生へ渡せるものは?

「本番」ですね。現場では機材が壊れることも、人が来ないこともあります。それでも時間は待ってくれません。その緊張感を、安全に責任を持って経験してもらうことが、私たちの役割です。カリキュラムの設計や評価は学校が強いので、お互いの得意なところを持ち寄れます。

ただ、年度ごとに予算が変わったり、担当者や学生が入れ替わったりする難しさはありますね。その人がいなくなったら経験も消えてしまう、ということにはしたくありません。記録やマニュアル、映像を残して、翌年の学生にも引き継げるようにしています。

授業では、どんなふうに伝えていますか。

全国の高校や専門学校を中心に、講義とカリキュラムづくりをしています。ゲームの実践もありますが、まずは業界の仕組みや職種、どう収益が生まれるか、著作権や大会のガイドラインを知ってもらいます。

大会を運営する授業なら、ルールや進行台本をつくって、当日どう動くかまで考えます。配信ではカメラや音響、映像の切り替え、実況・解説を扱いますし、プログラミングや動画編集など、つくる側の授業もあります。

仕事につなげるには、企画書や見積を書いたり、人にプレゼンしたりする力も必要です。そうしたビジネスの話や、生成AIの使い方も教えています。

継続しているものでは、クラーク記念国際高等学校 芦屋校の授業や、OCA大阪デザイン&テクノロジー専門学校での講義・企業講座があります。私自身は「超eスポーツ学校」のフェローも務めています。

ただ、同じ内容をそのままどの学校でも教えるわけではありません。まず、授業のゴールが進路なのか、部活動の強化なのか、学校の広報なのかを確認します。eスポーツ科なら現場の水準をそのまま持ち込みますし、普通科の選択授業なら「ゲームが好き」を入口に、チームで物事を進める経験につなげます。設備も違うので、その学校のPCや回線でできる形にします。

選手以外にも、道があると。

学生には最初に、「プロ選手になれるのは一握り。でも、eスポーツで働く道は一握りではない」と伝えています。

大会の裏には、企画や権利申請、営業、進行、配信、カメラ、音響、デザイン、SNS、経理まで、いろんな仕事があるんですよ。実際に誰が関わっているかを分けて見せると、仕事の広さが伝わります。私自身も元プロで今は運営側にいるので、選手でなくなった後にも道がある、という話は自分の経験からできますね。

現場を経験したい学生は、どう参加できますか。

はい。授業だけで終わらせず、実際の現場を用意しています。インターンは年4回、1月・4月・7月・10月に入り口があって、最初は週1回、2時間のオンラインから参加できます。そこから業務委託としてイベントに入り、契約社員や正社員に進む道もあります。

学生自身が企画・運営する大会を支援することもあります。教育機関が主催する大会なら、公式ライセンスの取得や大会申請を私たちが引き受けて、学生と先生が中身をつくることに集中できるようにしています。

競技から街へ、イベントの可能性

転機になったイベントを挙げるなら?

2026年1月に大阪府が主催した、万博アフターイベントの「Osaka GeN Scramble」は大きかったです。私たちは運営として入り、延べ来場者は約64,000人、重複を除くユニーク来場者は13,167人でした。満足度は98%です。

先ほどお話しした社会的な価値も、ここで算出しました。約3,943万円の社会的資源に対して、約4,810万円の価値、SROIは1.22という結果です。2026年8月16日付で大阪府と連携してプレスリリースを出し、ゲーム・eスポーツ系の15媒体に配信しました。

大きかったのは人数だけではありません。複数の会場を巡ってもらう、街を使った設計に取り組めたこと。それから、阪南大学や大阪電気通信大学の学生も運営に入り、産学官で一緒につくる実例になったことですね。

さらに、楽しんでもらえたという手応えを社会的な価値として数字にできたので、行政の方と話すときの伝え方が増えました。ほかの自治体の仕事にも、その経験が生きています。

複数会場を使うときは、競技、体験、展示、交流というふうに場所ごとの役割を分けて、コンテンツや特典で移動するきっかけをつくります。世代を越えた交流や企業同士の交流も、「交流してください」とお願いするだけでは難しいので。チームを分けたり、共通のミッションを用意したり、待ち時間の使い方を工夫したりして、自然に話せるようにしています。

大阪府主催「Osaka GeN Scramble」パブリックデイの会場。提供:株式会社PACkage
大阪府主催「Osaka GeN Scramble」パブリックデイの会場。提供:株式会社PACkage

自社で開くPACFESでは、どんな場を目指していますか。

自分たちが本当につくりたい場を、自分たちで開けるのは大事です。「PACFES」は、アニソンクラブイベント、いわゆるアニクラと、CLUB DJ、自分の機材を持ち込んでゲームを楽しむBYOCを、一晩で一緒に楽しめるイベントです。

「楽しい場所を創る」という私たちの思いが、そのまま形になっています。会社のブランドを知ってもらい、採用にもつながる場ですね。2026年8月にvol.11を開催し、12月にvol.12を予定しています。

設計するときは「入口を複数、出口をひとつ」と考えています。アニクラを目当てに来ても、CLUB DJを聴きに来ても、BYOCでゲームをしに来てもいい。同じ場所で過ごして、最後には「同じ夜を楽しんだ」という体験になってほしいんです。

フロアは分けても自由に行き来できるようにして、時間帯によって主役を入れ替えます。どこから入ってきた人にも、居場所があるようにしたいですね。

PACFES vol.11公式キービジュアル。提供:株式会社PACkage
PACFES vol.11公式キービジュアル。提供:株式会社PACkage

規模の違う現場にも、共通することはありますか。

参加者の反応は、規模より設計で決まるということですね。

ブランチ大津京のeスポーツフェスティバルでは、実行委員会形式で施設や地域と一緒に動く形をつくれました。大会に出たい人だけでなく、買い物に来た親子が足を止めてくれるんです。商業施設の中で気軽に体験してもらうモデルができて、その後のイオンモール大日やスパワールドの仕事につながりました。

立命館大学OICの「OIC e-Sports Club」など、大学生世代の大会やキャンパス企画からは、続ける難しさと価値を学びました。同じ場所で3回続けると、ちゃんとコミュニティが育っていくんですよね。

数万人が来ても待ち時間が長ければ満足度は下がります。逆に480名の体験会でも、複数のコンテンツを同時に動かして待ち時間を減らせば、満足度4.55、再参加意向92.8%につながる。そこで得た工夫が、次の仕事の力になっています。

参加者に合わせて、どこまで変えるのでしょう。

かなり変えます。最初に決めるのは、「その日の主役は誰か」です。

競技性の高い大会なら、とにかく公平であること。ルールを事前にすべて公開して、機材や回線、設定をそろえます。ジャッジの基準や再試合の条件も文書にして、その場の判断でぶれないようにします。権利者のガイドラインを守ることも、選手を守るために欠かせません。

子どもや家族向けなら、主役は初めてゲームに触る人です。操作が3つ以内でできて、1回3〜5分で終わるタイトルを選び、複数のコンテンツを同時に動かして待ち時間を減らします。勝ち負けを前に出しすぎず、保護者が横で見て安心できる配置にします。写真を撮っていいか、SNSに載せていいかも、事前に確認しますね。

高齢者向けでは、どんなことを大切に?

一番大事なのは、「教えない」ことです。

教えない、ですか。

2025年度の大阪市福祉局の高齢者eスポーツ講師派遣事業をはじめ、継続して取り組んでいるんですが、目的は上手になること以上に、その場で笑ったり、隣の人と話したりすることなんです。

コントローラーは大きくて単純なものを選びますし、椅子や机の高さ、文字の大きさ、音量、休憩の間隔も先に考えます。若いスタッフが全部手伝ってしまうと、ご本人が体験する機会を取ってしまうんですよね。なので、スタッフには待つための研修もしています。

デジタルデバイドの解消やフレイル予防につながる可能性も見ていますが、その日の盛り上がりだけでは分かりません。参加率や継続率、会話の量などを見ながら、続けて確かめていく必要があると思っています。

安心して参加できる場づくりも必要ですね。

そうですね。年齢や身体の状況に合わせて、対戦の仕方から変えることもあります。同時に対戦する代わりにスコアを競ってもらったり、チーム戦で役割を分けたりします。

未成年が参加するなら、実名や顔をどこまで出すか、配信や記録写真をどこに載せるかを、保護者や学校と事前に決めます。CEROなどのレーティングも守りますし、参加する人に合わないゲームは、人気があっても選びません。

コミュニティのルールも言葉にして共有します。過度な煽りにはどう対応するかを先に伝えて、その場で止められるスタッフの体制もつくります。もちろん、電源やケーブルの養生、避難経路、熱中症対策といった会場の安全も含めてです。そこはイベントを運営する会社として、外せないところですね。

初めて来る人と、熱心なファンは両立できますか。

そこはいつも考えますね。コアな競技の水準は下げたくありません。熱心に参加してくれる人たちの熱量が、イベントを支えているので。

その隣に、5分で楽しめる体験ブースや、観るだけで過ごせる場所をつくります。初心者が知らないことを恥ずかしく感じないように、実況や案内の言葉にも気を配ります。

告知も、同じ場所に出せばみんなに届くわけではないんです。SNSでは届きにくい方には、学校や団体、施設から案内してもらう。それぞれの入り口をつくることが大事だと思っています。

こうした場づくりに、関西の強みはありますか。

関西には「面白そうだから、やってみよう」という空気があると感じます。ゲームとDJとコスプレを混ぜるような企画も、ジャンルの境目を越えて受け入れてもらいやすい。東京より関西の方がやりやすいと感じる場面もありますね。商業施設や自治体との距離が近く、話が進むのが速いことも強みです。

一方で、大型の常設施設やスポンサーは東京に集まっています。だから、大阪で続けられる形をつくって、京都、滋賀、和歌山、兵庫、さらに西日本へ広げていきたいんです。実際に「京まふ2026」との連携企画や、滋賀・和歌山での運営など、関西の中で取り組みが広がっています。

続けられる事業とこれから

一社で手がけることで、何が生まれますか。

参加する人にとっては、体験が続いていくことですね。会場で観た試合が配信で残って、アフタームービーになって、出演していたタレントのSNSでもその後を見られる。担当する会社がばらばらだと途切れがちなところを、一緒につくれます。

お客様にとっては、何かあったときに誰に相談すればいいかがはっきりします。イベント、配信、制作、キャスティングを別々に頼んでいると、トラブルの際に責任の所在を確認するところから始まります。まとめて受けていれば、私たちに相談してもらってすぐに対応へ進めるので、時間やコストの面でも役に立てます。

クリエイターにも、すぐに本番があります。社内のデザイナーがつくったキービジュアルを、その週末には数千人が見る。自分の仕事が人に届く場を用意できるのは、大きいですね。

人を育てる場にもなっているんですね。

はい。自社のイベントや授業で、「この人は話すのがうまいな」「場を仕切れるな」という人に出会います。そこから、まずは自社イベントのステージや配信に出てもらって、経験を積んでいきます。私たちのタレントユニット「Osaka PNG」も、そういう考え方で運営しています。

自分たちでイベントを持っているので、挑戦する場をこちらで用意できるんです。年間の開催予定が、そのまま出演の機会になります。企業の会社説明会や大学のシンポジウムの配信、展示会のステージMCなどにも仕事を広げて、ゲームの流行だけに左右されず活動できるようにしています。

この、授業からインターン、業務委託、社員へと進める道は、私たちの会社だけで終わらせず、業界全体で見えるようにしたいです。選手を引退した後も、教える、運営する、つくるという仕事で暮らしていける。その実例を示し続けることが大事だと思っています。

スポンサーとは、どんな関係を?

ロゴを出すだけでは、協賛は長続きしないんです。採用活動につなげたいのか、商品を体験してほしいのか、地域に貢献したいのか。目的に合わせて、ステージへの参加やタレントとの共同コンテンツ、来場者との接点まで考えます。イベント以外の事業とも組み合わせられるのが、私たちの強みです。

事業として続けるために、どう変わってきましたか。

イベント一つひとつの採算と、その振れ幅ですね。当日雨が降ったり、会場のルールが一つ変わったりするだけでも、収支が動きます。創業した頃は受託が中心で、仕事が途切れると売上もなくなる形でした。

さらに2020年前後には、現地のイベントそのものを開けない時期がありました。そこでオンライン配信の技術や部署を育てたことが、今の柱の一つになっています。

現在の売上構成は、自社主催が約3割、受託が約5割、オンライン配信などが約2割です。いくつかの柱を持つことの大切さは、実際にイベントが止まった経験から学びました。

自分たちの名前で続けるイベントを持つようにしたことも、大きいです。「PACFES」や「ゲームパビリオンjp」のような自社IPがあれば、価格や開催時期を自分たちで決められます。受託だけだと、お客様の予算の時期に左右されますから。

配信やデザイン、機材、タレントを自社で担うようにしたのも大きいです。外に頼んでいた頃は、利益が残りにくいうえに、品質も自分たちで調整しきれませんでした。社内に機能を持つことで、その両方を改善できました。

人材も、採用する前に育てる形に変わりました。eスポーツの運営ができる人を探しても、まだ多くはいません。授業で学生と出会い、インターン、業務委託、社員と段階を踏んでもらう。教育の仕事が、一緒に働く仲間を育てることにもつながっています。

グループには、東京の株式会社e STAR E.GG、熊本の株式会社EFEという拠点があります。本社は大阪のまま、西日本や全国の仕事に対応できる形をつくってきました。

それでも、本社は大阪に。

はい。創業期に言われた「大学を辞めて東京に来るなら出資する」「大阪では、駄目だ」という言葉は、今も判断するときに思い出します。あの条件を受け入れていれば資金は入ったかもしれませんが、大阪からでもできるという証明にはならなかったと思うんです。

自分たちで稼いで、少しずつ積み上げてきた。その選択が結果的に、外の環境が変わっても続けられる会社につながったのかなと思っています。

これから3〜5年で、実現したいことは?

「街全体で遊ぶ」規模のフェスをつくりたいです。

ゲーム、アニメ、音楽、コスプレが街の中で同時に動いて、「その週末は関西に行くしかない」と思ってもらえるような。

「Osaka GeN Scramble」で複数会場を巡ってもらう経験はできたので、次は毎年続く関西の文化として根づかせたいですね。一度きりの行政イベントで終わらせたくありません。

あわせて、普段から人が集まれるスタジオや施設も、関西に増やしたいです。イベントは特別な一日ですが、コミュニティが育つには、日常的に集まれる場所も必要だと思っています。

「eスポーツは東京でしかできない」という状況を、なくしたいですね。各地域の事業者や学校、自治体が、自分たちで開催できるようになってほしい。そのために、大会運営や権利申請、配信のノウハウを、講座や運営マニュアルとして外にも伝えていきます。

海外も、視野に入っていますか。

海外では、アジアのイベントやコミュニティと、お互いに行き来できる関係を考えています。関西には空港や観光の資源があるので、海外から来る方とeスポーツをつなぐ可能性は大きいと思うんです。

言葉の対応や当日エントリーの仕組み、観光の途中で立ち寄れる案内などを整えて、海外から来た人にも大会や体験に参加してもらえるようにしたいです。

新しい技術で、試していることもありますか。

技術では、生成AIも積極的に使っています。2026年8月の第3回「生成AI甲子園」は、LINEヤフー株式会社が共催する大会で、私たちが運営事務局を務め、私が実行委員長を務めました。eスポーツで培った大会運営の経験は、こうした隣接する分野にも生かせるんですよね。

社内でも企画書や進行台本、記録の集計、映像編集にAIを取り入れて、少人数でも大きなイベントを動かせるようにしています。配信では、いろんな視点から観られる仕組みや、観客がスマートフォンから参加できる体験も強化していきたいです。

最後に、どんな仲間と実現していきたいですか。

大学とは人を育てることや効果の検証、行政とは世代間交流や健康、フレイル予防、デジタルデバイドといった地域の課題に取り組みたいです。企業には継続的な協賛や技術の提供で関わってもらい、地域とは会場や担い手を一緒に考えていく。

その人たちが同じテーブルで話せることを、関西では当たり前にしたいんです。私が理事を務める大阪府eスポーツ連合や、OeGGでの活動も、そのための一歩です。人が集まって、それぞれの力を出せる場所を、これからも増やしていきたいですね。

山口様、貴重なお話をありがとうございました。

株式会社PACkageについて

株式会社PACkage

株式会社PACkageは、大阪を本拠とするeスポーツ関連企業。イベント企画・運営を軸に、オンライン配信、タレント・チーム支援、学校向け教育、デザイン・Web・映像制作、機材販売・スタジオ構築を手がけています。

設立:2018年2月6日。本社所在地:大阪府箕面市粟生間谷東2-24-5。代表者:代表取締役CEO 山口 勇様。

2025年度はグループ全体で年間400件超のイベントに関わったといいます。

事業紹介

eスポーツイベントの企画・運営

目的設定からゲームタイトルの選定、権利許諾、会場・配信・出演者の手配、制作、当日運営、振り返りまでを担います。競技大会だけでなく、商業施設の体験会、学校・大学の催し、地域・行政の事業など、参加者と目的に合わせて設計を変えています。

配信、タレント、教育、デザイン、機材の機能を社内に持ち、一つのチームとして体験をつくれることがPACkageの強みです。

PACkage公式サイトを見る
株式会社PACkageの公式ロゴ

あとがき

「人が輝ける場所」をつくるという言葉は、競技の舞台だけを指していません。初めてゲームに触れる家族、運営を学ぶ学生、仕事の幅を広げるクリエイター。山口様の回答からは、それぞれが次の一歩を踏み出せるよう、場を設計してきた歩みが見えてきました。

学生時代に必要に迫られてつくった会社は、配信や教育、自社イベントを組み合わせながら、事業を続けられる形へ変わってきました。大阪で生まれた機会を各地域へ広げ、担い手を育てるという展望にも、創業時からの一貫した思いがあります。

山口様、貴重なお話をありがとうございました。

※掲載写真・画像提供:株式会社PACkage

著者情報

SHI-SO

SHI-SO